主にJR東日本の自動販売機で販売されている水、どこで採水されているか知っていますか?あの水、群馬県と新潟県の県境付近にある谷川岳周辺で採水されているのです。
首都圏で販売される飲料水となるほど綺麗な一ノ倉沢の水。ここは観光としても絶景で是非とも見てほしいところです。今回はそんな一ノ倉沢を観光してきましたのでレポします。
一ノ倉沢へは、土合駅から徒歩1時間30分程度・バスもある
この一ノ倉沢へはJR東日本の信越線・土合駅から徒歩1時間30分ほど。水上駅からは谷川岳ロープウェイまでバスが運行されています。
JRの上越線のうち、この土合駅を含む水上から越後湯沢の間はかなり列車の本数が少なくなります。そのため、谷川岳ロープウェイの公式サイトにも、「水上からバスに乗り換えて終点谷川岳ロープウェイ入口まで」と書かれています。
が、それは面白くない。ここ谷川岳や一ノ倉沢を見にくるなら是非とも度合いえきを利用したいところです。本数は少ないので、片道は土合駅ではなく水上駅を利用してもいいかもしれません。
土合駅は下りの越後湯沢・長岡・新潟方面のホームがかなり地下にあります。モグラ駅として有名です。改札からホームまでは下り階段が462段、長さにして338メートルあります。かなりの距離です。
この土合駅から谷川岳ロープウェイの乗り場までは徒歩で片道30分ほどです。特に行きは、少し坂道を登ることにはなりますが、歩けない距離ではありません。土合駅には、水上駅から谷川岳ロープウェイ入り口までのバスが停車します。乗り継ぎの時間も絶望的に悪いわけではないですが、上り坂のためバスでも10分ほどかかります。バスを待っていて、そしてバスに乗っていくと結局、歩くより遅くなってしまいます。
谷川岳ロープウェイ入り口から一ノ倉沢までは電気バスが走っています。ガイド料金として500円がかかりますが、片道徒歩1時間のところを20分ほどで連れて行ってくれます。1日7往復しているので、それなりに利便性は高いといえます。
新型コロナウイルスの影響により運休などもありますので、最新情報はこちらの水上観光ガイドのページをご覧ください。
絶景・一ノ倉沢は国道291号線の一部でもある
一ノ倉沢は湧水が非常に綺麗です。
そしてクライミングの聖地としても有名です。その景色には圧倒されます。現在の天皇陛下も皇太子時代にここでクライミングをされたそうです。
首都圏や東北エリア、甲信越エリアなどJR東日本エリアに住んでいる方ならば一度は目にしたことがあるかもしれません。JR東日本の自動販売機で販売されている飲料水のパッケージ、実はあれが一ノ倉沢なのです。
一ノ倉沢のパッケージのペットボトルがちょうど空になったので、汲んでみました。美味しかったし、お腹を壊すこともなかったですよ。
一ノ倉沢の前の道路は国道291号線です。この国道、特に道路のマニアの方(?)には有名らしいのですが今では「休道」となった道路です。谷川岳を登った方のブログなどに写真が掲載されています。今ではもう車などが通れる道はありません。入り口にはこんな看板があります。
この街道は、上州と越後を結んだ最短コースとして清水越往還あるいは「直超(すくこえ)と呼ばれていました。街道がいつ開かれたのかは不明ですが、戦国時代には上杉謙信が1560(永禄3年)関東進出を図った際清水峠を通ったことを示す記述が街に残る古文書に見られるなど、戦略的にも重要な意義を持っていた街道と思われます。
江戸時代に入ると厳しい交通規制がしかれ、南口の湯檜曽村と北口の越後清水村に口留番所が設けられ、上越間の旅人の往来と商荷物の運搬は三国街道だけと定められたため、一時的に清水峠の街道は閉鎖されてしまいました。
明治時代になると、関所制度は廃止され、往来が自由になります。1885(明治18年)9月北白川宮能久親王、山縣有朋などを迎え、清水峠近くで清水越開道式が盛大に行われました。しかし、鉄道等の普及にともない往来者もこれを利用するようになり、清水越往還は急速に廃れてしまったのです。馬車れるほどの道幅として作られた清水越往還は、現在国道291号線として道形を残しているとともにみちの山際には苦労した当時の石垣がところどころに見られ、往時を忍ぶことができます。
谷川岳ロープウェイ付近の入り口 看板より
元々は、現在の群馬県である上州と、現在の新潟県である越後を結ぶ最短経路として整備されました。いつ整備されたかは詳しいことはわかっていないものの、少なくとも戦国時代にはあったようです。
しかし、元々は道路とはいえ山道、今で言うと登山道に近い形で整備されたものです。そして、江戸時代には各地に関所が置かれていたため自由に人が往来することはできませんでした。さらには、物流を三国峠だけと定めたこともあり一時は閉鎖されてしまいました。それでも、上州と越後を結ぶ最短経路として需要があり、明治時代になって改めて整備されました。
明治時代はまだ自動車ではなく馬車の時代、馬車に合わせて整備されました。看板に「北白川宮能久親王、山縣有朋などを迎え、清水峠近くで清水越開道式が盛大に行われました」とあるように、明治新政府も力を入れて作った模様です。
しかし、国鉄が、現在のJR上越線がトンネルなどを使って貫くようになってからは利用者が少しづつ減少し、また道路を通る主たるものが自動車となった今、馬車の規格で作られたこの道路は結局使われなくなってしまいました。まだ「廃道」にはなっていないものの「休道」という扱いで存続はしています。しかし、峠ごえの区間はかなり荒廃しているそうなので、ここが再び開通することはあまり考えられないと思います。
谷川岳ロープウェイで谷川岳も 土合駅も見所たくさん!
一ノ倉沢は谷川岳ロープウェイの入り口から電気バスが出ています。歩く際も谷川岳ロープウェイの入り口から歩くことになります。
谷川岳ロープウェイは名前の通り、谷川岳を眺めることができるロープウェイです。僕も実際に乗りましたが、僕が乗った日は天気が悪すぎて何も見えませんでした。
僕が行った日は残念ながら綺麗な景色が見られなかったものの、コロナ禍以前には乗り場に長蛇の列ができるほどだったという谷川岳ロープウェイ。この谷川岳ロープウェイで谷川岳を見に行ってもよし。
土合駅自体も観光地となりつつあり、谷川岳もあって見所が多いこの一ノ倉沢周辺。土合駅は「日本一のモグラ駅」として有名です。下りホームは地下深くにあり、改札から歩いて10分ほどかかります。
首都圏から、ちょっと大変ですが頑張れば日帰りで行けなくもないのでぶらり旅をしてみてはいかがでしょうか。
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